「鏡」村上春樹短編小説

読書のはなし

村上春樹の短編小説「鏡」

村上春樹の作品の中でも特に印象に残る短編小説のひとつが「鏡」です。『カンガルー日和』に収録されているこの作品は、後に加筆修正され、さらなる深みを増しました。加筆修正されたものは『村上春樹全作品1979~1989⑤』に収録されています。

Bitly
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「鏡」を読んだ後、強烈に心に残るのは、最後の一文。

人間にとって、自分自身以上に怖いものがこの世にあるだろうかってね。君たちはそう思わないかい?

《村上春樹全作品1979~1989⑤「鏡」より引用》

この一文は『カンガルー日和』収録時にはなくて、全集の際に加筆修正された部分のようです。個人的にはこの印象的な一文がある方が好きです。

このラストの一文が加えられたことで、物語のテーマがより鮮明に浮かび上がってるように思えます。この言葉が、何とも言えない不気味さと共に、強烈に心に突き刺さるのです…。

自分自身が最も恐ろしい存在

物語の主人公「僕」は、仲間たちと怪談話を語り合います。幽霊や予知夢など、典型的な怖い話の後に「僕」が語るのは、幽霊や超常現象とは無縁の、自分自身にまつわる恐怖の話です。

高校を卒業したばかりの「僕」は、中学校の夜警の仕事をしていました。ある夜、いつもはないはずの鏡を校舎内で見つけます。その鏡に映るのは自分の姿。しかし、鏡の中の「僕」は、間違いなく「僕」ではない「僕」でした。

「はっきりわかるのは、鏡の中の❝自分❞が、こちら側の自分を心の底から憎んでいるということだった」

この瞬間、物語の緊張感が一気に高まります。

鏡に映る自分が自分でないと感じる恐怖。

そこに映る「あるべき姿ではない自分」に、深く憎まれているという恐怖。

そしてその鏡の中の自分に、自分自身が支配されていくのでは…という恐怖。

それが「僕」にとって、人生でただ一度、心から怖いと思った体験でした。

最終的に、「僕」が見た鏡は存在しなかったことが明らかになります。現実に起こったことか、幻覚か、わからないまま話は終わりますが、読者には「僕」が味わった恐怖が強く伝わってきます。話の筋というよりは、この作中での主人公の恐怖を読者にありありと伝えてくる生きた文章の力が、この小説の凄さだと思います。

「というわけで、僕は幽霊なんて見なかった。僕が見たのは―ただの僕自身さ。でも僕はあの夜味わった恐怖だけは、いまだに忘れることができないでいるんだ。」

《村上春樹全作品1979~1989⑤「鏡」より引用》

そして彼はこう結論づけます。

「人間にとって、自分自身以上に怖いものがこの世にあるだろうかってね。君たちはそう思わないか?」

《村上春樹全作品1979~1989⑤「鏡」より引用》

この問いかけに、誰もがハッとさせられるはずです。

この短編は私たちに「自分自身」に対する深い問いを投げかけているように思います。そしてそれが他人事ではなく、まさに自分の問題ではないか?と引き込ませる所に、作品としての凄みを感じました。

誰しも自分の中に、あるべき姿ではないもうひとりの自分を抱えているのではないか…?

この作品に出てくる鏡は、いつ・誰の前にも、現れ得るものなのではないのか…?

それはずっと後のことかもしれないし、明日にでもすぐに現れるのかもしれない…。

読み終えた後、こんなことを考えながらひやっとした余韻に浸ってしまいました。

その強烈な印象と自分自身という普遍的なテーマゆえに、「鏡」は高校の教科書にも掲載されたそうです。


読後に強烈な印象を残す短編

短編小説「鏡」は、読み終わった後も、心の中でずっと響き続ける作品です。村上春樹の世界観に引き込まれること間違いありません。

名作ぞろいの村上春樹短編の中でもひときわ強い印象を残す作品だと、私は思っています。

読んでから何年も経っているのに、不思議と真っ先に思い出す短編はこの「鏡」なんですよね。

10ページにも満たなくてけっこう短い短編ながらも、ぐっと心を鷲掴みにして後に強烈な印象を残す優れた短編小説です。

さっと読めて、手早く「村上春樹的な世界観」を味わえるので、この方の作品を読んだことない人にもおすすめですよ。

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